「あの人は会社に来て何してるんだろう、と前から思っていたけど、今は家でどんな仕事してるのかも全くわからないし、オンラインミーティングでも何も言わない……」
給料が高いのにそれに見合う働きをしていないと思われている働かないおじさん問題が、コロナ化でテレワークが急速に進んだ結果、改めて浮き彫りにされたように思います。
65歳までの雇用確保義務にプラスして、今年4月から70歳までの就業確保措置が努力義務として定められました。私も「希望する労働者は全て、会社は今と全く同じ条件で継続雇用しなくてはいけないのでしょうか?」という質問をよく頂きますが、その裏には「とてもそんな余裕はないよ」という声が聞こえてきそうです。
今回のコラムでは、働かないおじさん問題もふまえて、人生100年かもしれない時代の企業の高齢者雇用の対応について考えていきます。
高齢者雇用の背景にあるもの
日本は、今や世界で最長寿国となりました。会社員等が加入する厚生年金保険で、保険「事故」とは、支払義務が発生する事を言いますが、「老齢」は、平均寿命である程度の試算は出来るものの、「老後2000万円不足問題」が話題になったように、定年後の生活に不安を感じている人達は多く、100歳まで生きる事は、もしかしたら大きなリスクなのかもしれません。
令和2年版の高齢者社会白書のデータを見ると、総人口が減っていく予想のカーブと合わせて、生産年齢人口(15〜64歳)も減っていく一方、高齢化率(65歳以上人口割合)は増え続けています。
出典:令和2年版高齢社会白書
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/zenbun/pdf/1s1s_01.pdf
「雇用/就業確保措置」よりも、もっとインパクトが強い法改正予定
このような状況下、国は経済的成長の為には労働参加率を高める必要があると考えました。そして、65歳までの雇用確保措置(義務)にプラスして、今年の4月から70歳までの就業確保措置を努力義務として定めました。雇用関係、または業務委託やボランティアなど創業支援等の措置を講じる事が求められる事になります。
貴社ではどのような準備を進めていますか?
定年の廃止はリスクがありそうですが、定年の引き上げや継続雇用制度に関しては、大企業よりも中小企業の方が実は進んでいます。人手不足解消のため、採用や競争力の点からも、高齢者雇用は1つのポイントとなりそうです。
その裏で、厚生年金や雇用保険でもインパクトある法改正予定が控えています。
- 2022(令和4年)年1月(雇用保険 適用拡大)
- 65歳以上の労働者は週20時間未満でも、申出により被保険者となります。(副業など)
- 2022年4月
60歳代前半の労働者が年金を受けながら働く場合、報酬を押さえなくても年金が停止されにくくなります。(現状の基準、28万円から47万円に緩和)
年金の受給開始時期、繰り下げ年齢の上限が、70歳ではなく75歳まで広がります。65歳ですぐに年金をもらわずに、10年待ったら184%まで受給金額が増えます。
年金を受けながら働く65歳以上の労働者の年金額が、退職や70歳まで待たなくても、毎年増額改定になります。(支払った社会保険料が反映されます。)
- 2022年10月
短時間労働者(パートなど週20時間以上)の社会保険加入が、企業規模101人以上の会社にも適用になります。(2024年(令和6年)10月には、51人以上の会社にも適用されます。)
- 2025(令和7年)年4月
雇用保険の高年齢雇用継続給付の給付率が10%に縮小します。
これらの法改正から何がわかるでしょうか?
2つの事が言えます。
1つめは高齢者が「支えられる側」から「支える側」にまわる事。支えきれない年金の原資を子や孫だけに頼るのではなく、今までパートなど家庭内の扶養範囲で働いていたような人達も含め、少しでも多くの人達で、社会保険料の積み立てを増やす事が国の狙いです。
2つめは、会社が人事制度や採用戦略等を変える場合、高年齢再雇用だけを変えるのではなく、アルバイトや非正規社員にも関わる法改正の動きも見据えながら、全体の設計をする事が必要になります。
働かないおじさん問題を考えてみる
そもそもこの問題の本質とは何なのでしょうか?
従来からこの人達は無気力で働きたくない人たちなのでしょうか?
会社に問題はなかったのでしょうか?
会社の都合で、たらい回しやリストラや出向など対処療法を繰り返した結果、会社に恨みを持ったり働く意欲が損なわれたことはないでしょうか?
もっと言えば、年功序列など日本型の雇用慣行の仕組みの限界はないのでしょうか?
冒頭であげた「希望する労働者は全て、会社は今と全く同じ条件で継続雇用しなくてはいけないのか?」という質問に対する答えは、「NO」です。
極端な話、高齢者の継続雇用は戦略的に無いという選択をされる会社様もあるかもしれません。それでも、高齢者にどのような働きを求めるのか、どこまで出来ていれば再雇用OKか、などの基準を決めておき、社員にきちんと説明する事は大切です。明確なメッセージを伝える事は、社員にも安心を与える事になるからです。具体的には以下のような事を決めておくことが望まれます。
- 仕事の内容
…期待するのは現役並みの活躍? or 補助的な仕事? or 後輩を育てる役割? - 出張や転勤、責任の範囲
… 役職定年は何歳か? - 給与や賞与、評価制度
… 再雇用前と同一の仕事をしてもらう場合は、同一労働同一賃金の観点からも十分な検証が必要です。
社員の未来についての対話を
定年を迎える社員の想いはひとりひとり異なります。住宅ローンや健康状態などの事情も個々によって違います。現在の仕事の成果も違うでしょう。年金などが支給停止にならないように、給与額を考慮する手法は今後変わっていくかもしれません。
定年後は少しゆっくりしたいに違いない、と相手に良かれと思って、役割を少なくしたり、賃下げしたりする事が、モチベーション低下に繋がる例もあり、職場の不満にも繋がりかねません。
まずは、なるべく早く、定年後のライフプランについて面談してみませんか?
社員に、どんな仕事で、どのように会社に貢献できるのか、どんな能力を発揮して働きたいのか、週に何時間くらい働きたいのか、などを率直に聞いてみると良いでしょう。それに対して、会社は通院や家族の介護、学び直しや副業へのチャレンジなどで配慮する事はあるのか。どこに応えられてどこに応えられないのか、きちんと話し合い、伝えましょう。
長期化する仕事人生を完走するには、他者との競争ではなく共創が必要です。登り詰めるキャリアだけでなく、下りる横へのキャリアのチェンジについても、早めに考えた方が良い気がします。今までの仕事のやり方やマインド、自分の価値観さえも変える事が必要な時が来ることもあります。実際、私にもそういう時期がありました。専門性を磨く事も必要ですが、もっと人間の本質の部分を学びたいと思い、今に至っています。
逆に、今までのやり方やマインドを変えられない場合、会社に必要な人材ではなくなる可能性があります。
私が所属する会社でも、直属の上司の面談とは別に、育成部門での面談が定期的にあります。短期の時間軸での目標、社労士のミッションとしてのM U S T(やらなくてはならない事)やC A N(できる事)だけでなく、自分が一生を通してやりたい事、少し遠い未来のW I L L(やりたい事)について話せる職場は、お互いが一歩進む機会になるような気がします。
労働参加率を高める為に大切な事
最近は、若者の方がシビアな面もあるようです。学生や学校、取引先も、貴社の選択について、見ています。法改正が段階的であるように、高齢者雇用についても、社員が自分に向き合う時間や考える時間を十分にとって、段階的に移行する事が現実的かもしれません。
定年再雇用後に今までとは違った仕事をしてもらう場合には、現在のメンバーシップ型の雇用(ジェネラリストの育成)(適材適所)だけでなく、全体的または一部分にジョブ型(スペシャリストの育成)(適所適材)を取り入れる事も、貴社の選択肢の1つとして考えても良いかもしれません。
今後ますます、何らかの事情を抱えて働く人は増える事が予想されます。労働参加率を高める事を考えた時、高齢者雇用と育児や介護の短時間社員とのバランス、障害者雇用、病気との両立、外国人雇用、どの場面でも、部分的な最適だけでなく全体の最適を考える必要があります。
日本はどこまでやるのかのラインが曖昧なため、先の同一労働同一賃金の施策においても、「日本版」という前提がつきました。同じ会社で同じ仕事をしている正社員との比較であり、欧米のようにどの会社に行っても変わらない職務給とは違う形で進みました。結果として、法改正としては対応したけれども、再雇用後の仕事でもグレーな部分が多く、会社全体で見た場合、一部の不整合が経営課題としては残っている企業様も多い印象があります。不利益変更はせずに一歩進めるという良い面もある一方で、さらにもう一歩進めるべき時が来ている気がします。
日本の年金制度が、他の国に例がないほど複雑になったのは、移行措置や激変緩和の為の配慮が長期に及んだからです。日本の良い面でもありますが、進まない要因でもあります。コロナ禍でビジネスのスピードも加速しました。
貴社は今、どのような選択をされ、どのような方向を目指しますか?
さらに一歩進める為のヒントを探している会社様にとって、何らかのお力になれれば幸いです。