先日、ある企業の人事担当管理職からこんな話を聞きました。
「毎年メンタル系の病気で休職する社員が出る。そこでメンタルヘルス対策として相談窓口を人事課に設置した。相談がないため、早めに兆候を得られればと上司と部下の面談の機会を作ったものの、部下はあまり話をしない・・・」
しかし、上司から「面談します」と言われたからといって、部下は仕事に対して感じている辛さとか不安、困っていることなどのネガティブな気持ちまで素直に伝えられるのでしょうか? また、私生活の状況や悩みを打ち明けるでしょうか?
社員が困っていることがあるなら上司に打ち明けるだろう、と考えるのは早計ではないでしょうか。
社員の立場にたってみた時、「上司や人事部に話したところで、対応をしてくれるわけではないし何も変わらない」、「弱みを見せたら、マイナスの評価をされる」、「話すだけ無駄だ」と本人が思っているなら、わざわざ話すわけはありません。
この人なら話したいと感じさせる、社員が信頼を寄せる上司でないと、当たり障りのないことだけ話すことになります。
上司や会社への信頼がない状態では、いくら上司と+部下の面談をしようと、相談窓口を作ろうと、会社や人事担当者が思っている効果は得られません。
「イマドキの若い社員は私生活のこともあまり話さないし、懇親会も嫌がるんですよ」と、人事担当者の方は若い世代の特徴が理由だととらえているようですが、私はむしろ会社の方に問題があるのではないかと感じました。
メンタル不調は個人の問題なのか?
話を聞いていくと、トップから「業績重視」、「給料に見合う仕事をしろ」といったメッセージが頻繫に出されていました。企業ですから利益を上げないと社員に給料を払えないので、業績を上げることはもちろん重視すべきことです。
しかし、会社が求める成果をあげてもらうために、上司が部下を支援する仕組みがあったり、必要な教育など人材育成に時間や手間をかけている、という話はありませんでした。
お話を聞くなかで、「ある社員がいつも期限を守れない」という話がありました。会社側は、その社員に期限を守るように指導はしており、朝礼で進捗状況を報告させるが、正しく報告しないし、結局期限が来てもできていない、というものでした。
会社はその社員をあからさまにお荷物扱いしているのです。しかし、私はこの話を聞いた時、上司とこの社員の関わりがまるで見えませんでした。上司は期限を伝えて仕事だけ割り振って、あとは「自分でがんばれ」と本人に丸投げしているのかな、と思いました。
この社員の立場に立ってみると、どうでしょう。何か分からないことがあっても上司には相談に乗ってもらえない。途中報告を求められたが、できない人と思われるのが嫌で、正直に言うことができない。自分で何とかしようと苦闘するうちに期限が来てしまった。そうすると上司から、「お前はいつも期限を守らない」「どうしてなんだ?」と叱責されるし、周りからの冷たい視線も気になる。「自分はできないダメな社員扱いされている。どうしたらいいのか?」と自分を責めてメンタル不調になってしまった。こんな絵が私の頭に浮かびました。
メンタル不調の裏に見えた課題
メンタルヘルス対策を効果的に進めるためには、職場における課題を把握し、課題に合った施策をすることが重要です。見えている出来事だけを防ごうとする対策をしても違う形で問題が出現し根本的には解決しません。
人は経験が少なかったり今までしたことのない仕事をやれと言われても、最初は教え、導いてもらわないとやりにくいのです。やったことがない仕事ができるようになるまでには次の図のような6段階のステップがあります。
何かができるようになるための6段階のステップ
「成果」となる「できる」や「している」状態になるまでは、「知らない」という段階から「知っている」→「やってみる」→「わかる」→「できる」→「している」と5段階もありますし、時間もかかります。
部下が「知らない」段階であれば、教えて「知っている」段階に行ってもらう。
「知っている」だけでは結果は出ないので「やってみる」よう導く。上手くいかないなら、人は一人ではなかなか意識しにくいので、コーチングで現状を話してもらい、目標に向けてどんな行動をしたらいいのか本人にも考えてもらい、支援する。
次に、本人が試行錯誤をしながらやることで、こうすればいいというのが「わかる」ようになり、意識すれば「できる」ようになります。それを繰り返しやり続けることで、意識しなくても「している」状態になるのです。そうやって初めて「成果」となるのです。
上手くいった場合も、何で上手くいったのか? 振り返りの機会を作り、次に活かしてもらう時間を取る。そのような経験を積ませながら、日々の仕事の達成と同時に自分なりの学習の仕方や成果の出し方を学んでもらうことで、人の成長につながります。
人の育成に効果的な1on1
社員ひとりひとりに成果を上げてもらい、会社の業績を上げようとするなら、組織的に取り組む育成制度が必要です。それには時間と手間がかかるのです。育成にかける時間や費用を惜しみ、個人に任せておくと、途中でつまずいた人は取り残されてしまいます。そうやってついてこられなくなった人は仕事ができず、メンタル不調になったり、離職するかもしれません。また、職場でハラスメントがおきたり、部下をマネジメントできない管理職が誕生するといったことも起きるでしょう。
このような状態になるのを防ぐにはどうしたらいいでしょうか?
私は1on1をお勧めします。
1on1とは、上司と部下で行う定期的な1対1のミーティングです。
評価や管理のための人事面談とは異なり、部下の成長をサポートするための時間が「1on1」なのです。仕事の達成もテーマにしますし、部下がどういうキャリアを考えているのか、どういう悩みを持っているのかということも把握し、部下のサポートを行います。
1on1の特徴は15〜30分の短時間での面談を高頻度で繰り返すことです。頻度は毎週、毎月といった短い期間が一般的です。このように密なコミュニケーションを取ることで、部下は上司に相談もしやすくなりますし、大きな問題も起こりにくくなります。
私のクライアント先で、「残業時間の管理ができない。部下が大きなミスをしてしまった」という管理職に1on1を試して貰いました。この部署では以前から進捗確認はしていました。ただ、仕事のやり方を部下任せで進めていたので、部下が違うやり方をしたり、思い込みで非効率なやり方をしていることもあったようです。
1on1の定期ミーティングを頻繁にすることで、上司が部下の仕事の状況を把握できるようになり、たとえミスが起こったとしても早め早めに修正できるようになりました。
残業時間についても、その日にすべきタスクなのか、翌日以降にできることか、話す機会を持つことで、部下の意識も変わりつつあるようです。
1on1が定着していくことで、部下が一人で問題を抱え込まなくなり、上司と部下の信頼関係の醸成にも役立っているように見えます。仕事が原因のメンタル不調やハラスメントを予め防ぐことにもなります。
とはいえ、1on1などの制度は、入れれば万能ではなく、機能するように定着させていくことに時間や手間がかかります。1度や2度の1on1で速攻的に効果が得られることはなく、時間がある程度かかるものですが、管理職養成、部下の業務達成、キャリア支援も兼ねられます。今後は標準装備になるのではないでしょうか。